2014年5月2日金曜日

生まれた場所の特性

人は自らが生まれる場所を選ぶことは出来ない。
しかし、その場所には歴史の中で培われてきた特性と言うべきものがある。

その場所に生まれ育つことは、そのような様々な特性を帯びて育ってきた地域で時間を過ごし、その特性を身体中に吸い込みながら成長していくことである。

例えば、東海地方。

太平洋に沿って、京都から江戸への東海道は温暖な気候に恵まれ、海洋輸送や海岸線沿いの比較的安定した陸上輸送の線上に位置し、いつの時代にも流通の強みを握り、戦闘時におけるスピードを得ることと同意であった。

そしてその場所の特性、価値というのはその時代時代の社会の中心となる場所からの距離にも比例することになる。長く京都を中心として発展した日本の中世。そして江戸へと中心が移動しても、影響力を持ち続ける京都との二重中心。そのどの時代においても、二つの中心を繋ぐ中間に位置する東海地方の優位性は疑うことはできない。

その地の利から直接的に得られる交通の便。交通がもとらす人の流れ、モノの流れ、金の流れ、そして力の流れ。

そこの地に天下を統一する下地を作った信長が、
その後を受けて天下を統一した秀吉が、
そしてその後の安定政権を築き上げた家康が生まれたのは歴史の必然であったのだろう。

信玄があと少し遅く生まれていたら。
正宗があと少し早く生まれていたら。

そんな「もし」が語られる歴史のドラマ。
しかし信州から天下に手が届いただろうか。
奥州から京都への距離をどう縮小できたか。
山陰から天下を窺うことが可能であったか。

そう考えると、歴史には必然が隠れており、それは地形と時間の中で偶然の様に見えながら数々の必然が重なり織り成した土地の力が隠れている。

それはその時に足を運び、その土地を見て、身体で感じ、地図を眺めて意味を読み取ろうとしなければ決して目の前に現われては来ない。

そこに行かなければいけない。

そうして今の世界を眺めてみる。
今の世界はどこが中心で、一体どんな価値を生み出しているのか。
そしてその価値が自らの人生においてどんな意味を持つのだろうか。
そして今自らの住まう場所は、何処に繋がっているのだろうか。

生まれた場所の特性を理解し、自らの身体の中に蓄えられたモノ語らぬ土地の力を把握し、そして今自らの住まう都市の特性を理解して生きること。

それがこれからの時代に必要になってくる能力なのだと思わずにいられない。

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