2013年10月4日金曜日

「「人間らしさ」の構造」 渡部昇一 1977 ★★


50を過ぎても「若手」と呼ばれる建築の世界においては、30代半ばなんていうのはまだまだ青二才で、少しだけ建築の事がわかってきたところという位置づけ。問題は50歳になった時に自分が求める建築がはっきりしていて、それをある程度自分でコントロールできるようになっているということ。

だということは分かってはいるが、それでも「今」を過ごす中で毎日様々な困難に出くわす事になる。その困難が、建築家として、職能人として、自分の能力が足りないために発生する類のもので、つまりは自分の能力を上げることで解決が図れるものであれば、それはチャレンジとなる。

こういう経験がない。あれを知らない。だから今目の前の事が難しく感じる。

そうであれば、それを知る事が職能の向上であり、次に同じことで困難だと感じなくなる事である。

そこでこの困難を解消しようとするかどうか?
自らの能力不足を克服しようとするかどうか?

それは個人の生き方に依るのだろうが、全うな人間であればまずは前に進むであろう。

では、それをどうやって克服するか?

まずは、自分で考え、書物やネットで色々調べて自分なりの解決法を見つける。
もしくはオフィスのシニアに尋ね、どうやるのかを教えてもらう。
または同業の先輩に教えてもらう。

などなど色々あるが、キャリアのそれぞれのステージでその方法論も変わってくる。しかしこうして困難を克服していき続けることは、職能人としての自信に繋がり、次に困難に出会った時にどう対応するかを教えてくれる。

そしてこの自らの「職能的向上」を感じる事は、まさに「生きがい」を感じる生き方であろう。

しかし。

どれだけ多くの人間が、このようなポジティブな困難を抱えて生きているのだろうかと思わずにいられない。恐らくほとんどの人が日常で向き合う困難の多くは、ほぼこの前向きな職能的向上に繋がる困難ではなく、もっとネガティブで、できることなら出遭うことを避けていきたい類の困難であろうと想像する。

そんなことを思いながら今の自分の日常を振り返る。こんな国で、こんな建築事務所で、こんな設計をやっていれば、日常のほとんどは困難で塗り固められるのは当然。その中の多くは、自分が外国人であること。そこから派生する、状況を全て理解する事ができない事から困難。

たった一人で地方都市に出張し、30人を超えるプロジェクトの関係者達が、各々問題点を話し合い、それぞれが自分にとってよい方向で決定をしようとする時に、設計事務所としてなんとかデザインを守る為に、押し寄せる波にあがらいながらも構築的な意見を出さなければいけない。その困難とストレスたるや・・・

恐らく多くの人が、多かれ少なかれ、小さな棘を心に感じながら日常を生きているのだろうと想像する。小さなコミュニティの醜い僻みからくるいじめや嫌がらせ。人間関係からくるストレス。能力のない上司の指示による効率の悪い仕事。何の挑戦も何の面白みもないルーティーン。自らのエゴを満足させるためだけに、他人を貶める人間達。ただただ保身を考え、楽をして生きることを模索する人々。

そういうネガティブな困難が生活の半分を占めだした時、人は考える。

人間らしく生きるとは一体どういうことか? 
自分はどうやって生きればいいのか? 
それとも考える事を辞めてただただ思考停止で日常を生きるか。


恐ろしいほどに困難の多い生活の中で、それでもまた「職能的向上」につながる困難が50%以上を占める生活をしていると、こうして「生きがい」について考えざるを得なくなる。そんな訳で手にした一冊。

講義を纏めたというだけあって、短く分かりやすく要点が纏められているので、読むとしてもテンポがいい。さくさく読み進められて、妻に向かって「今回はなかなか面白いよ昇一」と声をかけながら読み終えてしまう。

ドングリの生きがいとは転がることではなく、芽を出すことであると言うように、「生きがい」とは自分の「内なる声」に耳を澄ませて、その声に従ってやっていくことで静かな幸福を得ていく事だとする。

そうかそうか、と目を閉じて静かに自らの内なる声を聴こうとするが、聞こえてくるのは

「どんぐりころころ どんぶりこお池にはまって さあ大変・・・」。

どうせ転がるならば良い方に転がっていきたいものだと思わずにいられない。


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目次
1 「生きがい論」との出合い
2 適応(アジャストメント)と不適応(マルアジャストメント)
3 性悪説からの脱出
4 性善説の再建
5 機能快(フンクチオンス・ルスト)
6 成長の条件
7 成長を促すものと抑止するもの
8 苦痛と成長
9 「生きがい」ある人の姿
10 生きがいとしての小恍惚
11 小恍惚を得る道
12 新しい職業観の建設
13 「人間らしさ」の構造
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