2010年12月31日金曜日

年賀状 > 断捨離

2010の暮れまでかかってしまった住宅の改修工事。そのお施主さんでもある80を越えるご夫婦。住みながらの工事ということで、現場にいるとその生活の一部を共有させていただくことになるのだが、年末にもなるとテーブルの上に積まれているのは400を優に超える年賀はがき。

一般の年賀はがきではなく、通常のはがきに一枚一枚丹念に墨と筆で送り先の住所と名前を達筆な字で書かれ、そしてまた一枚一枚思いを込めて選ばれたであろう綺麗な切手を丁寧に貼っていかれる姿を目にする。まるでそれが当たり前の風景のように振舞うその姿に漂うのは人生の厚み以外のなにものでもない。

昨今流行っている「断捨離」なるものは、日本人が普通に行っていた年末のこういう姿に他ならないのではと思わずにいられない。年の暮れの大掃除で、身の回りを整理し、一年を振り返りながら片づけをし、それが終わったら煩わしさを感じながらも、少なからぬ喜びを感じつつ家族と一緒なって、この一年、いろんな人に出会って、お世話になった時間を振り返り、今年はあの人に会えなかったけど来年はぜひ会えるようにしたいとか、あの人は元気にしているかな、と思いを馳せながら年賀状を送る人を考え、今年はどんなデザインにしようかとうさぎのつぶらな瞳を見つめながら頭を悩ませる。

住所や苗字が変わったことの報告や、家族が増えたり、仕事が変わったりすることの連絡。自分が自宅の住所を知っている人の数の少なさに驚き、煩わしいけども、せめて宛先と一筆くらいは手の痕跡を送り届けたいと思って、毎年のように大晦日ギリギリになりながらも、腱鞘炎と格闘する。

どちらか一方が返さなければ、頻繁に住まいが変わる現代では、そのやり取りは簡単に途切れてします。だからこそ、一年会えなかった人でも、周りの大切な人には必ず一枚の便りが届くようにと筆を走らせる。

メールのワンクリックの軽さでは、決して越えることの出来ない5グラムの重さ。まだまだ薄いが自分なりの人生の厚みをもった年賀はがきの束を家族と共にポストに投函するときの清清しさを感じ、2010を締めくくる。

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