2017年11月25日土曜日

「ブレードランナー2049」 ドゥニ・ビルヌーブ 2017 ★★★

-------------------------------------------------------- 
スタッフ 
製作総指揮  :リドリー・スコット
監督: ドゥニ・ビルヌーブ(Denis Villeneuve)
原題: Blade Runner 2049
-------------------------------------------------------- 
K : ライアン・ゴズリング 
リック・デッカード: ハリソン・フォード
ジョイ(レプリカント):  アナ・デ・アルマス
ラヴ(ウォレスの片腕): シルビア・フークス
ジョシ (上司)  : ロビン・ライト
ニアンダー・ウォレス  : ジャレッド・レト
--------------------------------------------------------

恐らく建築の世界において、「時計じかけのオレンジ」とともに、最も引用されることの多い映画がこの「ブレードランナー」。1982年にフィリップ・ディックの小説「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」を原作としてつくられたSF映画であり、監督のリドリー・スコットによって映像化されたのは、それまでの様にピカピカして清潔な未来像ではなく、喧騒と大気汚染にまみれ、酸性雨が降りしきるスラムの中に、人々の様々な欲望が蠢く世界。それを観た後では、香港の雑多な路地裏に足を運ぶと、「あ、ブレードランナーだ」と逆の既視感を覚える程のインパクトを与えた作品である。

その「ブレードランナー」の続編が、前作監督のリドリー・スコットを制作総指揮に向かえ、オリジナルから30年経った世界を描くのがこの「ブレードランナー2049」。前作主演のハリソン・フォードがそのままの役で丁度設定にあわせるくらいに歳をとり、主演の新型レプリカント「K」を演じるのは「ラ・ラ・ランド」のライアン・ゴズリング。そして監督には、「メッセージ」のカナダ人監督、ドゥニ・ビルヌーブ。これだけがっちり固められてしまえば、どうしても映画館で観なければいけないという訳で、時間の空いた土曜日に映画館に足を運ぶ。

内容が複雑なだけに、観終えた直後は正直「ん?」となるが、それでもじっくりと消化していくと、ビルヌーブらしい巨大スケールの構造物が生み出すなんともいえない未来感や、酸性雨と大気汚染からさらに一歩進め、地球規模の気候変動をLAという場所に雪が降る美しい映像で描くところなど、やはり前作の延長線にいながらも、現在のテクノロジーを駆使しつつ、かつ想像力を加えて今まで無かった映像を生み出している。

ネットで解説を読んでやっと「なるほどね」と納得できるところが多くありつつも、これを機会にと本棚に埋もれている「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」の小説に久々に手を伸ばそうかと思案することになる。

ドゥニ・ビルヌーブ(Denis Villeneuve)






2017年11月18日土曜日

月の絵 11月 紅葉


久々に日本の紅葉を見ることが出来たからではないが、ほったらかしになっていた季節の絵もホオズキのままになっているので、記憶の鮮やかなうちにと描くことにした紅葉。

オーバルタイプのフォトフレームも各月の絵で一年の環が閉じるのを楽しみに、来月は何を描こうかと想像を膨らませることにする。





2017年11月12日日曜日

新宿御苑 旧御凉亭 森山松之助 アンリー・マルチネー 1906 ★★



---------------------------------------------------
所在地  東京都新宿区内藤町  
機能   都市公園・庭園
庭園形式 池泉回遊式庭園
作庭年代 明治時代初期
作庭    アンリー・マルチネー  
---------------------------------------------------
日本の庭園100選 
---------------------------------------------------
秋の東京。見逃す前にと都内の紅葉スポットに足を運ぼうと到着したのは新宿御苑。朝ごはんを食べずに出てきたので、小腹が空いてるという妻が思い出したのは、先日「じゅん散歩」で高田純次が食べていて美味しそうだったというハンバーガー屋さんを探しで見つけた「CHATTY CHATTY」

「これを食べるのはやはり若者じゃないと・・・」と思うほどのボリュームでなんとか平らげ、腹ごなしにちょうどよろしいと200円の入場料を支払って58.3ヘクタールという広大な都市公園の中へと向かう。

この新宿御苑は元々徳川家康が家臣の内藤清成に授けた江戸屋敷跡地が元となっており、それを明治時代に当時の責任者であった福羽逸人がフランス人でベルサイユ園芸学校教授であったアンリー・マルチネーに巨大な庭園とする設計を依頼する。そして生まれたのは、イギリス式庭園、フランス式庭園、日本庭園を組み合わせた巨大な都市公園という訳である。

入り口近くの温室を越えると、全体が輝くような黄色に色づいた銀杏の巨木の下には多くの人が集まり写真を撮っている姿が見えてくる。どうやらその多くは外国人観光客のようであり、その先に広がるキューガーデンを思わせるイギリス式庭園の広い芝生の上には、多くの人がシートを広げ気持ちよい秋晴れの休日を楽しんでいる姿が見えてくる。

迷わないようにと地図を確認しながら目的の日本庭園へ足を向ける。玉藻池を中心として西側には中国様式の建物が池に張り出すようにして建っているのが見えてくる。この建物は旧御涼亭(台湾閣)と呼ばれ、当時の皇太子で後の昭和天皇が御成婚される際の記念として1927年に当時台湾在住の日本人有志により贈呈された建物であり、その設計を担当したのは森山松之助という当時の台湾で活躍した日本人建築家という。

この旧御涼亭のバルコニーからは玉藻池越しに緩やかな傾斜を持つ日本庭園が見渡すことができ、所々赤や黄色に色づく木々の姿の後ろには、暴力的な風景が逆に新宿御苑のランドマークともなっている背景のNTTドコモ代々木ビル。

旧御涼亭 を離れ今度は外苑方向に足を向け、イギリス式庭園を抜けるとそこに見えるのはフランス式庭園を形作るプラタナスの並木。こちらも多くの観光客が写真を納めに来ているが、残念ながら紅葉のピークは過ぎ去ってしまったようで、木々の葉がややスカスカな感は否めない・・・そのすぐ横にあるバラ花壇を眺めながら、千駄ヶ谷出口に向かい、「御苑でここが一番気持ちいいのでは?」と思える大きな木に覆われた森の中を歩きながら、こうした公園に足を運ぶ時間が日常の中にある人というのは、とても豊かな日常を過ごしているのだなと思いうことになる。




イギリス風景式庭園
イギリス風景式庭園



旧御涼亭(台湾閣)
旧御涼亭(台湾閣)

玉藻池
プラタナス並木のフランス式庭園

2017年10月26日木曜日

救世軍本部_ル・コルビュジェ(Le Corbusier)_1933


--------------------------------------------------------
所在地  パリ
設計   ル・コルビュジェ(Le Corbusier)
竣工   1933 
--------------------------------------------------------
日本ではアイリーン・グレイの映画のお陰で、また注目が集まっているようなル・コルビュジェ(Le Corbusier)。その設計による救世軍本部がすぐ近くだから、せっかくだからと立ち寄っていくことにする。

1887年スイス生まれのル・コルビュジェ(Le Corbusier) は言わずとしれたモダニズムの大家。その作品年表を見てみると

1908  ジャンヌレ邸 (ラ・ショー=ド=フォン,スイス)
1923  レマン湖の小さな家(母の家) (コルソーヴェヴィ,スイス)
1924  アトリエ・オザンファン (パリ,フランス)
1924  ラ・ロシュ=ジャンヌレ邸 (パリ,フランス)
1925  ヴォワザン計画 (パリ,フランス) 計画案
1927  クック邸 (ブローニュ,フランス)
1927  スタイン邸 (ギャルシュ,フランス)
1931  ソヴィエトパレス (モスクワ,ロシア) 計画案
1931  サヴォア邸 (ポワッシー,フランス)
1933  パリ救世軍本部 (パリ,フランス)
1947  国際連合本部ビル (ニューヨーク,アメリカ) 計画案
1949  クルチェット邸 (ラプラタ,アルゼンチン)
1951  サラバイ邸 (アーメダバード,インド)
1952  マルセイユのユニテ・ダビタシオン (マルセイユ,フランス)
1952  カプ・マルタンの休暇小屋 (カプ・マルタン,フランス)
1955  ロンシャンの礼拝堂 (ロンシャン,フランス)
1955  高等裁判所 (チャンディガール,インド)
1956  繊維業会館 (アーメダバード,インド)
1956  ショーダン邸 (アーメダバード,インド)
1958  合同庁舎 (チャンディガール,インド)
1958  美術館 (チャンディガール,インド
1959  ラ・トゥーレット修道院 (リヨン,フランス)
1959  国立西洋美術館 (東京都台東区,日本)
1962  議事堂 (チャンディガール,インド)
1963  カーペンター視覚芸術センター (ケンブリッジ,アメリカ)
1967  ル・コルビュジェ・センター (チューリッヒ,スイス)

昨年のこの時期に足を運んだ同じくパリにあるスイス学生会館とほぼ同時期に設計されている初期から中期にかけての作品である。1933年ということだからコルビュジェ46歳の時の作品で、それまでの個人の施主相手の内容から、より公共性の高い、社会に向けた作品へと移行していく時期の重要な作品である。

また1931年のサヴォア邸で大々的に提唱された近代建築五原則が余すとこなく実現された建物としても知られているが、「救世軍本部」という名前からは一体どんな建物なのか分かりにくいが、そもそも「救世軍」というのが、キリスト教(プロテスタント)の教派団体であり、元々はイギリスにて貧しい労働者階級に布教を行う為に設立された組織であり、この建物はその「救世軍」からの依頼で、建物の機能としては、社会的弱者の人々が宿泊し、職業訓練などを受けて社会復帰を図る場所として依頼されたという。

1933年に完成した建物は、もともと中央空調など当時としてはかなり最先端の設備を前提として設計され、窓の無い全面ガラス張りの軽やかなファサードが特徴的であったが、さまざまな問題で中央空調が実現できず、窓も開けられないために内部は暑くて非常に住環境としては厳しいということもあり、戦後に再度コルビュジェの設計によってその問題を解消すべく外装を再設計し、開閉できる窓を設置し、各階ごとに色分けされたカラフルなファサードへと生まれ変わったようである。

そういう訳でまるで学生の宿舎のようなあるモジュールが連続する心地よいリズムを持ったファサードが数年後マルセイユで完成するユニテ・ダビタシオンの誕生を感じさせてくれる。

見学希望を伝えにロビーに向かうが、「ムッシュ、ムッシュ、見学はダメだよ」とあっさり断られ、エントランス周辺に漂うグリッドの一部に異物を挿入するコルビュジェの設計言語を感じながら建物を後にする。










フランス国立図書館(Paris National Library)_ドミニク・ペロー(Dominique Perrault)_1994 ★★★★


--------------------------------------------------------
所在地  パリ
設計   ドミニク・ペロー(Dominique Perrault)
竣工   1994
機能   図書館
--------------------------------------------------------
霧が立ち込める中、駅から少し北に戻り向かったのは、当時のミッテラン大統領の号令で行われた国際コンペ。レム・コールハースの野心的なヴォイドをテーマにした案で広く知られているコンペであるが、それを勝ち取ったのがフランス出身の建築家ドミニク・ペロー(Dominique Perrault)。1953年生まれであるからコンペ当時はまだ36歳と非常に若い時期に、これほど大きな国際プロジェクトを勝ち取ったことになる。

都市に現れた巨大な透明の本棚が互いに向き合うようにしてスクっと立ち上がり、それ以外なにも存在しないかのような、ミニマルなディテール。4本の塔は全て書庫にあてられ、それ以外の機能は低層部に収められ、そこに光を取り入れるために中心には地下数階まで巨大な中庭が設けられ、4棟のL字の建物に囲まれた中心部に、上部の枝を見せる巨大な木々に覆われた中庭をプラットフォームの上から眺めるその風景は、まるでこの世のものとは思えないほど超現実的な風景と体験である。

学生時代にどうしてもそれを一度見てみたく、はるばる足を運んだのを今でもよく覚えているが、その時以来の訪問。ドミニク・ペローは今年の夏に行っていたパリのモンパルナス・タワーのコンペで対戦相手であったこともあり、最近の作品などもよくチェックしていたが、やはりこのフランス国立図書館は今でも色褪せない傑作建築であるのを十分に再確認して、霧が一層濃く感じられるセーヌ川沿いへと足を向けることにする。